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広島高等裁判所 昭和49年(ネ)55号 判決

控訴人

串本金一郎

被控訴人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

清水利夫

下村文幸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所もまた控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、次の点を付加、そう入するほか、原判決理由記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決九枚目表の五行目の次に、

「そして、昭和四七年九月二九日、日本国内閣総理大臣田中角栄、同外務大臣大平正芳と中華人民共和国国務院総理周恩来、同外交部長姫鵬飛との間において、「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」などを内容とする共同声明を発したことは、公知の事実である。

ところで、相手国のどの政府を承認するかは、国際法上の慣行に従つて決められる政策の問題であり、その前提としての複数政府の出現自体は相手国の内政問題であるところ、日本国政府が前記のとおり中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認したことは決して違法とはいえない。そして、前記の日華平和条約が廃棄されたことおよび日本国政府と中華民国政府との外交関係が断絶したことは、日本国政府が右のように中華人民共和国政府を承認したことに伴う不可避的な事態であつたというほかないから、控訴人主張の前記内閣総理大臣らの行為を違法とすることはできない。

控訴人は、前記内閣総理大臣らの行為は憲法九八条二項に違反する旨主張するが、日華平和条約の廃棄は、前示説明のとおり、中華人民共和国政府の承認に伴い生じたやむをえない結果であつて、不当に破棄したものではないから、同人らの行為は憲法の前記条項に違反するものではない。」

と付加し、かつ同六行目の冒頭に「なお、」を加える。

(二)  同一〇枚目表の二行目と三行目の間に次のとおりそう入する。

「本件建物が、控訴人主張のように敗戦国たる日本国が戦勝国たる中華民国に支払うべき戦争損害賠償の担保として接収されたものであるかどうかについては、必ずしも明らかでないが、控訴人所有の本件建物が中華民国政府によつて接収されたことは既に認定したところである。

控訴人は、日華平和条約が前記のとおり廃棄された結果、日本国政府はサンフランシスコ平和条約の規定により、本件建物を含む台湾残置財産が中華民国に対する戦争損害賠償として充当されること、少くとも実質上そのような役割を果たすことになることを承認した旨主張するが、右平和条約には中華民国は締約国として加入していないから、控訴人の前記主張はその前提を欠くものといわねばならない。

そこで、本件建物を含む台湾残置財産は、法的には前記のとおり接収されたままの状態にあり、その最終的帰属は、今後における日本国政府と中華人民共和国政府との外交交渉などの推移に待つほかないものといわねばならない。

そして、中華民国政府による本件接収は、前記甲第一号証によると、今次大戦の戦勝国たる中華民国が敗戦国たる日本国および日本国民に対し行つたものであつて、日本国政府はポツダム宣言の受諾に伴い、中華民国政府の指示に従つて一部の事務的処理をしたに過ぎないことが明らかであるから、本件接収は日本国政府による公用収用に該当しない。また、日華平和条約の廃棄および日本国政府と中華民国政府との外交関係の断絶により、日本国政府が同条約三条の規定に基づき、台湾残置財産の返還につき外交交渉権を行使し得なくなつたことをもつて、直ちに日本国政府が本件建物を公共の用に供する処分をしたものと解することもできない。」

二よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮田信夫 高山健三 武波保男)

【参考】原判決(広島地裁昭和四九年二月二〇日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一第一次請求について

原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第一号証、証人玉理亀之助の証言を総合すると、請求原因第1項の事実を認めることができる。

原告は、日華両国の関係機関が台湾在置財産の接収に当り接収財産につき日本国政府において補償する旨約束したと主張し、証人玉理亀之助の証言及び原告本人尋問の結果中には、右主張に副う部分があるが、右証言及び本人尋問の結果によつても補償約束をしたという日本国関係機関の係官の氏名、地位、権限等が明らかでなく、右証言及び本人尋問の結果は、明確を欠くばかりでなく、もし、原告が主張する如く日華両国関係機関が正式に補償約束をしたのであれば、事の重要性に鑑み通常何らかの形で文書化されるはずであると思われるのにかかる文書が存しないのは不自然というほかなく、右証言及び本人尋問の結果のみによつては原告の右主張事実を認めるに足らず、他にこれを認めむべき証拠はない。

してみれば、補償約束の成立を前提とする原告の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二第二次請求について

請求原因第3項中、台湾にある日本国民の財産の処理は、日華平和条約三条により日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とされていたこと、大平外務大臣及び田中内閣総理大臣が原告主張のとおり表明あるいは答弁し、日華平和条約が廃棄されたこと、日本国政府と中華民国政府との外交関係が断絶したこと、憲法九八条二項に原告主張のとおり規定されていることは当事者間に争いがない。

原告は、日華平和条約の廃棄、日華両国政府の外交関係の断絶により右特別取極を行い得なくなり、接収にかかる本件建物に対する請求権行使の方途を失い、損害を被つたと主張するが、日本国民の台湾にある財産の処理に関しては、前記のとおり日華両国政府間の特別取極により定められることになつていたのであつて、日本国民が台湾在置財産につきいかなる権利を取得するかは、日華両国政府の外交々渉の結果いかんによることであつて、日本国民の台湾在置財産に対する法的地位は全く未確定な状態にあつたものというべきである(日本国民が台湾在置財産に関し日本国あるいは中華民国に対し具体的な請求権を有していたわけではない)から、日華平和条約の廃棄あるいは日華両国政府の国交断絶があつたからといつてこれにより、日本国民の台湾在置財産に対する法的地位になんらか具体的な効果が生じ、日本国民の権利、法的利益が侵害されるに至つたものということはできない。

そうだとすれば、原告の国家賠償法に基く第二次請求もその余の点について判断を加えるまでもなく理由がないものというべきである。

三第三次請求について

原告は、中華民国政府による台湾在置財産の接収とその後の日本国政府による日華平和条約の破棄、日華両国政府間の外交関係の断絶により、本件建物は、日本国政府により公用収用されたにほかならないから、被告国に正当な補償をなすべき義務があると主張するが、日本国政府において日本国民の台湾在置財産を日本国の中華民国に対する賠償に充当することを承認するとか、その他右財産を中華民国の自由処分に委せる等の処分は、未だしていないのであつて、中華民国政府の接収あるいは日華平和条約の破棄、外交関係の断絶をもつて日本国政府が公権力をもつて日本国民の財産を公共の用に供したものということはできず、従つて右接収等を公用収用と解することはできないから、原告主張の如き事実があるからといつて被告国に補償義務はないものというべきである。

してみれば、原告の第三次請求も理由がない。《以下省略》

(高升五十雄)

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